自然の恵みはどんな素材も、それぞれのうま味を持っています。塩、砂糖、味噌、醤油、酒といった、どこの家庭にでもあるふつうの基礎調味料だけでも、先人の料理の知恵を生かせば、素材のおいしさを十分に引き出すことができます。受け継いだプロの技で、下処理をほどこし、余分を取り除く。すると、おいしさを阻害する臭いやエグ味を抑えることができる。結果それが、調味料の浸透をうながす最良の調理法となるわけです。ところが、市販食品の世界では、なぜかたくさんの調味料が使われ、まさに「加工品」になってしまう。先味(さきあじ)に、味の要素を詰め込むあまり、一口目はおいしいがすぐに飽きてしまう。素材の本来のうま味は後味に現れるものなのに、たどりつくまでに舌が疲れてしまうのです。市販食品の裏面には、見たこともないカタカナだらけの一括表示。これは健康面の心配ばかりではなく、食材が異なっているのに、味は同じ、という不思議な現象の要因となっています。だから私たちは、補助材料を加えることを極力ひかえています。
煮魚料理では魚の身を手早く熱湯にくぐらせ、表面の酸化物や魚特有の臭みやアクを取り除くプロの技があります。これが、「湯ぶり」ですね。ちょっとしたひと手間ですが、工場の大量生産でこれを実現するのは、なかなか難度の高い挑戦でした。今回は、高温の蒸気を発生する機械に、魚を短時間通すことで「引き算調理」をスタート。塩や酒の浸透力で、素材の「うま味」を活かす味付けをしました。「パウチ惣菜なんて、と思っていたけれど、かなりおいしいわ」と、いつも煮魚を手作りしている人からも、うれしい声をいただいています。本格フレンチだって、立ち食いで食べられる時代。いまはリーズナブルな価格でも、本物を食べられるすばらしい時代です。一流店に負けない味を、より多くの方により手軽に味わっていただきたいですね。
「おいしいね」と感動する。すばらしいですよね。その感動を再現し、もっと多くの人々と味わうためには、おいしさの根拠を数値で示さなければなりません。だから、舌で感じるすべてを数値化しています。味覚ってとても微妙で繊細です。たとえば、キッチンのレシピを、工場でつくっても、おなじ味にはならないんです。鍋の真ん中と端では、熱の伝わり方も、調味料の浸透の仕方もちがう。また、魚という素材には、旬があります。脂がのっている時期と、そうでない時期。私たちが扱う素材は、新鮮だからこそ、日々変動している。そこで、大事にしなければならないのが、数値化なんです。
数値化のパラメーター(尺度)はさまざまです。アミノ酸、脂肪分、水分、油分、塩分、Brix、pH、色味など。硬さや粘度をはかる数値もあります。たとえば、のり巻き。のり巻きは、それぞれの具の歯ごたえが違うからこそ美味しいんです。単純な歯ごたえだと美味しくならない。だから、キュウリのシャキッと感も数値化するんです。私たちがこの取り組みをはじめて、15年以上になります。アラスカなど世界中を飛び回り、自分の目だけで、材料を確かめていた頃よりも、自信を持って出せるようになりました。お客様との意思疎通もスピーディーになった。もっとおいしいものづくりに挑戦できる体制になった。これまでの経験を活かし、病院食などの新しいジャンルにも取組んでいきたいですね。
その決定に、頭を抱えたい気分でした。なんという高いハードルだろう。鰯という魚は、傷みやすい。魚に弱いと書くくらいですから。湯ぶりの工程を入れるなら、薄くて繊細な皮がはがれてしまうのではないか。ロスが増えて利益を圧迫するのではないか。細心の注意がいる素材で、そもそもオペレーションは追いつくのか。不安ばかりが、次から次へとよぎりました。このように、難題は休まず押し寄せてきます。それを乗り超えるのは、高くて幅広い技術ナレッジと、そして働く仲間の本気の情熱です。
安全性とおいしさを、高いレベルで両立させるために、担当責任者ごとに、それぞれの言い分もある。なんど言い争いになったことか。うちの工場スタッフは、ホントにうるさい人が多いんです。私はもう少し濃い味が好き、いや薄いほうがいい。みんな言いたい放題。しかし、真剣だからこその、ぶつかりあいなんですね。いくら衝突しても、みんなの気持ちは一つ、「おいしい魚を食べてほしい」なのです。じつはここだけの話、うちの息子は、魚が好きではありません。そんな息子が魚を好きになってくれるような商品をめざす。私のかくれた裏目標です。
全国の店頭に並ぶ商品、欠品は許されません。たとえば、年間行事による販売量の波。春のひなまつり、秋の運動会、冬の節分など、シーズンごとの商品もありますので、調達する原料の量にも波がある。大波にも対応できるよう計画と準備が必要です。在庫の適量をキープするために、毎日の在庫チェックは欠かせません。また、天候などの外的要因も要注意。雪や台風による配送機能がストップすることを想定し、事前に手を打つことも。「お客様に確実にお届けする」ために、なにか特別な技術が必要なわけではありません。きめ細やかに、地道にコツコツと仕事をすること。基本を大切に、日々の業務に取り組んでいます。